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随筆10 「祖谷の山にうれしい“オシメ
”とこいのぼり」
“阿波路はすべて山の中であった ”──この20年間、徳島県をすみからすみまで歩き続けてきた私の実感である。
東京の友人などは「四国は島国だから、どこからでも海が見えるでしょう」などというが、四国島に住んでいる私達から見れば「四国は山また山の大陸ですよ」といいたくなる。
西へ行っても南へ行っても山は深い。ことに県西の三好・美馬両郡は“こんな山奥にまで家があるんですか ”と叫びたくなるほどの高地に住居が点在している。夜など家々の灯が星と見間違えるほどである。
なかでも東西の祖谷山村は、まさに現代の秘境と呼ばれるにふさわしいひなびたたたずまいである。この両村には、もう数十回、足を運んだろうか。車も通らぬ道をかき分けかき分け歩き続け、懐かしい人々と再会できる喜びは、たとえようもないほどうれしい。
祖谷の人々の最大の悩みは過疎化の波がここ40年来、急速に進んでいることである。村長さんの話ではこの40年間に人口が半分以下になったという。人口の減少に伴い、歳入はガタ減りした。町財政は青息吐息だ。そんな苦しい財政の中から山村開発のための道路を作っても、道が完成されたときには、その道を引越し道具を満載したトラックがおりてくる。そんな笑い話にもならないような悪循環が繰り返されている。道はできた。家もある。がすでに住む人はいないといった厳しい現実を私も何度か目にしてきた。
過疎の最大の原因は、若い人たちの働ける職場がないことだ。近代の日本は工業立国を国策として高度経済成長の道を突っ走り続けてきた。その結果、海に面した大都市中心に人と物と金が集まった。労働力の供給地とされた農山村から若い人達の姿が消えてしまったのである。
関西の徳島県人会は、すでに100万人を数えるという話を聞いたことがある。徳島県の人口は83万人。話半分としても驚くべき数字である。徳島県下に若い人達が安心して働ける職場を作る。これは緊急を要する課題である。為政者は最大の努力を払うべきであろう。
過疎と老齢化が進む風景の中で、心なごむものがあった。それは、農家の軒先で赤ちゃんのオシメが満艦飾に干された風景に出会ったときであった。町の中ならごく普通の風景だったが、山また山を踏み越えてたどり着いた農家の軒先でこんな風景に出会うと涙が出るほどうれしかった。ことに永い冬が終わり、新緑が目にしみる頃に訪れると、こいのぼりとオシメが一緒になって5月の風にそよそよと泳いでいた。まるで“わが家には息子がいて嫁がいて、孫までいるんですよ
”といわんばかりに・・・。そんなおじいちゃん、おばあちゃんのうれしそうな笑顔が思わず心に飛び込んできたのであった。
船場に生まれ、蔵本に育った私は山の生活の体験がない。だから山の生活というと、反射的に小学校の頃、学校の先生が教えてくれたことを思い出す。「真ん中にいろりがあって、ナベがかかっています。おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんもそして子供達も、みんないろりばたに集まります。おばあちゃんがナベから、雑炊を1人1人によそってあげます。熱い熱い雑炊をフーフー吹きながら、みんなで1日の出来事をなごやかに語り合います。こうして山里の秋の夜は更けていくのです。」
そんな風景はもう遠い昔の話になってしまった。しかし、せめて親子孫の三代の人々が生まれた土地で安心して生活できるように、山林を振興させていくことは、現代日本の直面している大きな課題であることは確かだ。
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