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随筆23 「鴨島菊人形と江川遊園地」
秋の花は菊である。 ところで、「菊作りは土作り」といわれるように菊を愛し、菊を作ろうという方々は、まず、土作りに、細やかで粘り強い情熱を傾けてこられた。はじめに山へ入ってクヌギの落ち葉をかき集める。カサカサに乾いた落ち葉を2年間、庭に貯えておき、こなごなにくだいて腐葉土や砂を加え、適度に混ぜ合わせる。その土をさらに、ふるいにかけてきめの細かな土を作るという具合だ。この土にさらにたい肥や油カスなどを加え、育てようとする菊に見合う“土”を作るのである。
私には菊作りの経験がないので、聞きかじりなのだが、ともあれ“土作り”には長年の努力と情熱が込められていることは確かだ。
鴨島町は戦前から菊人形の町として全国にその名が知られていた。最盛期には30万人の観光客を数えたという。私達の子供の頃は戦前ほどではないにしても結構、にぎやかであった。
今はJRとなった国鉄・鴨島駅を降りると、町全体に優雅な菊の香りが漂っていた。菊人形の会場には紅白の幕が張られ、忠臣蔵や傾城阿波の鳴門などの名場面が菊で形どった人形で表現されていた。人形ばかりでなく菊の品評会なども行われていたようである。入賞した作品には金や銀の短ざくがつけられていたが、色の鮮やかさといい、花の大きな枝ぶりの見事さといい”やはりいいものはいいな”と子供心に感嘆するばかりだったことを憶えている。
菊人形が終わると江川の遊園地で遊んだ。吉野川の伏流水が湧き出すこの江川の水は清澄そのもので、夏は冷たく冬は湯気の立つほどに暖かかった。
最近は、親水公園として整備されたものの伏流水が減ってしまったのか、江川の流れもどんよりと濁ってしまい往時の面影すらない。ここの鯉は、数の多さと、その色の鮮やかさが印象に残っている。
太鼓橋からえさの「ふ」を投げると、群がって食べにきた。ボートに乗って「ふ」を投げると、水しぶきがかかるほど勢いよく鯉が集まってきたものだ。今は水位の低下とともに鯉の姿もめっきり減ってしまった。
菊人形の方も、その後、会場の変遷があり、昔ほど盛んではない。しかし、大正時代からの伝統は今も受け継がれ、町には菊を愛する人達が多い。秋ともなると、こうした人達が丹精込めて作った菊が、町のあちこちに展示され、町全体に菊の香りがあふれる。ささやかながらJR・鴨島駅の西の方に展示場もできる。
菊作り 菊見るときは 陰の人 あまりにも有名な吉川英治先生の句である。 最近は新宿御苑や徳島城公園で菊の展覧会を鑑賞させていただくことが多いが、菊を見るたびに鴨島とこの句を思い出す。
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