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随筆26 「シャクナゲとミカンそして佐那河内米」
朝起きると、眼下に雲海が広がっていた。夜来の雨もやみ、山々を包んでいた霧が晴れていくと、そこには淡いピンク色をした花々が、におうように咲き誇っていた。シャクナゲの花であった。
もう四十数年も昔のことになってしまったが、初めて佐那河内村で一泊した日の、印象深い光景を、私は今もはっきり憶えている。たしか中学校の生徒会役員で一泊二日の研修会を行ったときのことである。担任の森宮九十男先生が佐那河内村出身であることから、何かの縁をたよって研修会を行ったもののようである。
私達の多くが生まれて初めて訪問する佐那河内村であった。村内に足を踏み入れたとたん、私達は歓声をあげた。山々の緑の濃さと、深山から流れ下る水の美しさは、まさに別天地を思わせるものであった。
さらにその晩、いただいた御飯のおいしかったことといったらなかった。一つ一つの米粒がシャキッとつっ立って見事な光沢まで放っている。食べ盛りの私達は、もう無我夢中で食べたものだった。私は米作りの専門家ではないが、農家の人々の話によると「うまい米は谷の水で作られる米」だそうだ。板野郡などでも土の肥えた下板より、土のやせた上板の山間地で穫れる米がうまいという。
佐那河内村を歩くと、今でも“耕して天に至る”といわれるほど、よく手入れされた田んぼが、高地まで続いている。耕運機も入らないような、ネコの額のような土地にも水が張られ、稲が植えられる。こんな土地で米を作るのは平地の人から見ればたしかに重労働であるはずだ。農家の人々の貴重な汗の結晶が、おいしい佐那河内米の一粒一粒となっていることを、私達はけっして忘れてはなるまい。
最近は、徳島市から佐那河内村、そして神山町から剣山、そして高知県へと抜ける県道が国道に昇格され、徳島市から車で30分足らずという佐那河内村は、都市型近郊農村として熱い注目を集めている。
一時、ミカンの里として知られた佐那河内村だがミカンやスダチが、すでに生産過剰気味になった現在、これに代わる目玉商品を何にすべきか、議論の分かれるところである。農家では春になると、野や山を豊かに色どる山菜類をはじめ、電照菊などの花卉や、水ブキの栽培など多角的な経営を試みているところが多い。
私は考えるのだが、都市に住む人々にとって“ふるさとの味”は忘れられないものだ。佐那河内村という地の利を最大限に生かして、町の人々に新鮮な“ふるさとの味”を提供するーこれこそ、都市型近郊農村としての活路を開く視点ではないだろうか。
佐那河内村をくまなく回って感じることは、どんな山道やあぜ道にも、春になるとフキノトウが芽を出し、山ブキが競い合うように群生している。土地の人々は見向きもしないが、町に住む私達にとっては、もう得難くなった“ふるさとの味”である。フキノトウや山ブキにも立派な商品価値があると私は思うのだが、いかがなものであろうか。
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