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随筆30 「大坂峠と瀬戸内海
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阿波から讃岐への道は海沿いに走る国道11号を除くと、全てが阿讃山脈を越えていく山あいの道である。なかでもJR・高徳線の走る大坂峠の道は徳島市生まれの私には一番なじみ深い。
初めてこの峠を越えたのは、小学生のころであろうか。遠足で高松の栗林公園に行ったときである。トンネルを何度かくぐり抜けた瞬間、鏡のように静かな青い海がそこにあった。瀬戸内海である。遠くに島々がかすんで見えた。近くに緑の松林。私は掛け軸やふすまによく描かれている絵を思い出していた。これこそまさしく日本の風景だと思った。
歩いてこの峠を越えたのは高校生のときだった。セミしぐれのなかを汗をふきふき歩いた。山越しに見た瀬戸内海は、キラキラ輝いていた。
最近は、自動車で越える。高松へは、ほとんどが鳴門回りの国道11号線だが、たまにこの峠を走ってみたくなるのだ。ことに新緑の季節はいい。若芽が全山をおおっている。それは、峠の道に見えかくれする農家の庭にまで広がっていて、若々しい生命の躍動を感じさせる。時おり、ウグイスの鳴き声なども聞こえて、この道には、今も自然がそのままの形でのこされている。
曲がりくねった道を登りつめると、一度に視野が開ける。ここが大坂峠である。このへんには、どういうわけか高い木も少なく、なだらかな山々が手に取るように見渡せる。再び、曲がりくねった道を下ると、今度は瀬戸内海が視野一杯に飛び込んでくる。
讃岐男に阿波女という言葉がある。たしかに阿波の女性は働き者である。朝から晩まで働きづくめでも、何一つぐちをいわない。そんなところから、讃岐では「嫁をもらうなら阿波の女性を」ということになったらしい。
事実、この組み合わせは多く、ほとんどがうまくいっているようである。そんな花嫁さんもその多くがこの大坂峠を越えていったのであろう。昔は、ちょうちんに長持ち、そして花嫁は馬の背に揺られて、この峠を越えたことだろう。
現在、大坂峠のある大麻山の頂上には、眉山と同様、灯が点されている。徳島県からも香川県からもよく見える。徳島から香川にお嫁に行った「阿波女」達は、あの灯の向こうにはふるさとがあるんだと思いを寄せていることだろう。あるいは「そんな感傷にひたる間なんてとても、」と讃岐でも働き者で通していらっしゃることだろうか。
ところで「四国は一つ」とか「青い国・四国」などといわれて四国総体のイメージづくりが行われてきたにもかかわらず、いまだに四国は四国であり、いやまして四県がバラバラになり勝ちなのが実情のようである。
確かに四県とも海の方に顔を向け、背中合わせにくっついているのが四国の地理的な姿である。関東の東京、関西の大阪、中京の名古屋、といった具合に、中心部に人口が集中した中核都市を持たないし、持てない地形だけに、四国の総合的な開発はなかなかに難しかろう。
しかしものは考えようである。長所が短所となり、短所が長所となる発想もある。四県が独自性を発揮しながら、四国総体としての補完関係を結んでいくことはできるはずだ。大麻山の灯を見ながら、そんな四国の青写真を描いてみた。
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