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随筆33 「時代を写す徳島の顔、徳島駅
」
JR・徳島駅に降り立つと、眉山の緑をバックに、ワシントンヤシがそそり立っている。いかにも南国情緒豊かなこの風景が私は好きだ。
今も昔も徳島駅は徳島の顔である。ワシントンヤシは子供の頃からちっとも変わっていないが、その他は全てといってよいほど変わった。その時代を生きる徳島の姿をそのまま表現するのが顔だからそれは当然かも知れない。
駅前にあった内町小学校は、かつての西の丸運動場跡地に移転、今は県下唯一の都市型百貨店が数多くの専門店とともに再開発ビルのなかで営業している。JRの徳島駅も県下一の高層ホテルや専門店が入居する総合ビルに生まれ変わっている。
国鉄時代にはとても考えられなかったことだが、JRとなって以来、四国でも駅舎が次々に新築され、サービスも素晴らしくよくなった。私は国鉄を民営化するとき、衆議院の国鉄改革特別委員として、熱心に議論し、当時の野党のなかでは唯一公明党が賛成して法案を成立させたことを思い出す。あの時の判断が誤りではなかったことに強い誇りを感じている。
今、徳島駅は1日中人々であふれかえっている。若い人達も多い。徳島から高松や岡山へ直行する特急便も増え、列車の旅もまことに快適となった。将来は、東京へ直行するブルートレインを徳島から出発させるのが私の夢だ。これは国鉄改革特別委員会で私が提案したものだが、JR四国の社内でも真剣に検討されていると聞き、実現する日を楽しみにしている。
徳島駅前の商店街もにぎわいを見せている。最近、駅舎に棟続きの分譲マンションが完成したが、入居希望者が殺到して完成前から完売だったという。1階は商店、2階以上は住居というアイデアが当たったのだろう。
新町川の周辺でも分譲マンションは人気を呼んでいる。都心居住は国の政策でもあり、建築基準の規制緩和や融資制度なども展開されている。
が、それよりも何よりも、生まれ育った土地で生活したい、老後を送りたいと希望するのは人間の自然な思いでもある。都心の土地があまりにも高騰化したため、やむなく郊外に出ていった人々が、子供達も大きくなった今、夫婦だけで便利な都心に住みたいと帰ってくる。そんな気配を感じるのは私だけだろうか。
東新町の商店街は最近何十年ぶりかでアーケードを全面新装した。明るい日光の差し込む通りには、外国の商品を専門にしたお店が軒を並べている。
西新町でも再開発が議論されているが、1階は商店街、2階以上は住宅にしたらとの意見もあるようだ。都心居住の先取りとして面白いアイデアかもしれない。
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