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随筆46 「郷愁誘う美郷のホタル」
美郷村ー美しい響きをもった山里である。剣山の山ふところに抱かれたこの村を初めて訪れたのはもう20年ほど前のことであろうか。漆黒の闇の中を神秘的な光が一筋、二筋、美しい孤を描いていた。長く都会に住んでいた私は一瞬その美しさに見とれてしまった。
ホタルである。子供のころは袋井用水のあたりでいつもお目にかかっていたが、とんと忘れかけていた。
♪ホーホーホタルこい/田の虫こい あっちの水は苦いぞ こっちの水は甘いぞ
笹やうちわを持って、ホタルを追った少年の日の思い出が、淡い郷愁とともに浮かんでくる光景だった。あまりに珍しがるものだから、土地の人が篭を用意して、4、5匹つかまえてくださった。大事に持ち帰って、毎日、霧吹きで水をかけてやったら1週間ほど庭先で幻想的な光を楽しませてくれた。妻や子供は大喜びで、毎晩、ホタルの歌を歌っていたものである。
昭和55年6月、衆議院の選挙もいよいよ大詰めで、投票日の4、5日前のことだった。何しろ生まれて初めての経験である。無我夢中で走り続け、訴え続けていた私のもとに美郷の心暖かき人々からプレゼントが届いた。
それは見事なゲンジボタルであった。ホタルの篭に伝言がつけられていた。「若い源氏は古い平家を倒した。遠藤さんも頑張ってください。激闘のさなか、ホタルでひとときのくつろぎを」としたためられてあった。
何という暖かさ、そして細やかな心遣いであろうか。私は遊説の旅先の宿でホタルを見つめながら、美郷に住む支持者の方々の顔を1人1人思い浮かべた。その日のホタルは、特別に美しかった。静かにそれでいて暖かい光を私の心に注ぎ込んでくれるような気持ちがした。明日への活力がふつふつとたぎってくる思いがしたことも忘れられない。
選挙後も私は何度も美郷村を訪問している。一度は木屋平村からの帰途、川井峠から美郷に入った。緑の山を削りとって、立派な舗装道路が走っていた。梅の季節であった。どこの家を訪ねても、よく実った青梅が庭に広げられていた。
ホタルの季節にはいくらか早かったが、初夏の美郷村は全村がみずみずしい緑におおわれていた。田には水が張られ、稲がグングン伸びていた。そんな田んぼの畔道を渡って懐かしい人々のお宅を訪問すると「まあおつけなして。早ようおつけなして」とお茶が出てくる。お菓子が出てくる。
お茶は山でとれた番茶である。これが一番いい。大きな土瓶からなみなみとついでくれる。一気に呑み干す。と、待ち構えていたかのようにまたなみなみと湯呑みが一杯になる。これも呑み干す。と、また一杯・・・。
お菓子は昔なつかしい“池の月”である。米の粉のせんべいに砂糖をまぶした高級菓子である。子供のころはお正月になるとこの菓子を食べたものだが、とんと御無沙汰していた。静かな山里で昔の味に巡り合えることはうれしい。
それにしても美郷村にはホタルといい、暖かい人情といい、現代人が忘れかけていた心のふるさとが、そのまま残っている。道路が整備され、町の家並みも変わりつつあるが、今後も郷愁ともいえるこの味を保ち続けていてほしいものだ。
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