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随筆48 「中国に贈った阿波踊り竹人形」
阿南市新野町は、阿波踊り竹人形の出生地である。阿波踊りのしなやかな身ぶり手ぶりを小さな竹の枝ぶりで巧妙に表現したこの竹人形は郷土のお土産品のなかでは異色の存在だろう。
今ではかなり知れわたり、空港の売店をはじめ、どこのお土産品にも並ぶようになったが、生産が家内工業であるだけに、高級品は注文して何か月か待たないと手に入らない。
阿波踊り竹人形を最初に考案したのは、新野町の農家の人達だ。その一人が、公明党阿南市議会議員をしている鶴羽良輔さんの父、博昭さんだ。私も昔から大変に親しくさせていただき、仕事場にも何日かおじゃましたことがある。
近所の竹やぶからとってきた竹を薬品で処理したあと乾燥させ、くせをとり、人形の手や足や胴体になりそうなところを選んで切り取っていく。それを作業机の前に並べて構想を練る。そして一つ一つをピンセットで組み立てていく。根気のいる仕事だ。しかし、奥様と息の合った仕事ぶりを見ていると「いいですね。いつも奥さんと一緒で」とつい声をかけたくなるほど、暖かい雰囲気なのである。
私は2度、注文してつくっていただいた。最初のは初めて中国を訪問したとき、日中友好人民公社に寄贈した。2回目は、やはり、中国をたずねたとき、日本大使館の橋本恕(ひろし)大使に寄贈した。橋本大使は徳島県鳴門市の出身であったから、大変に喜んでくれ、その場で、大使の執務室に飾られた。
あの2つの阿波踊り竹人形は今も、中国の地で多くの人々の目にとまっていることだろう。私は北京の人民大公堂で、北京の青年達に阿波踊りを演技指導したことがある。私の歌う「よしこの」に合わせて、見事に踊る青年達の飲み込みの速さにいささかびっくりしたが、あの青年達は今はどうしているだろうか。阿波踊りのことを覚えていてくれるだろうか。一度、本場の阿波踊りを踊りに来てほしいものだ。
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