随筆53 吉野川第十堰と青山士さん

 吉野川第十堰の改築計画が全国的な話題となっている。建設省や徳島県は、抜本的な治水事業として現在の固定堰を可動堰に改築する計画を進めている。ところが住民は、計画の進め方が一方的で自分たちの意見が反映されていない、従って住民投票によって計画の是非を住民に聞くべきである、と訴えているのである。
 古来、吉野川は暴れ川で、吉野川の歴史は洪水の歴史でもあった。屋根がそのまま船となる家屋や、軒先に小舟をぶら下げた家、お城のように高い石垣を築いて、その上に家を建てるなど、周辺の人達は大変な苦労を重ねて吉野川とつき合ってきた。
 洪水から住民の生命と財産を守る。そのために抜本的な治水事業として第十堰を改築する。建設省や徳島県が考えている計画の正当性を私は支持する。しかし、住民の理解が深まっていないことも事実である。建設省や県はどこまでも誠実に住民の理解を得る努力をすべきだ。
 ところでこうした公共事業を進めるに当たって、ぜひ思い起こしていただきたい人がいる。青山士(あきら)さんという内務省の技監である。青山さんは、明治11年に静岡県で生まれ昭和38年、84歳で亡くなっている。若い時に単身でパナマ運河の建設現場に行き、日本人として唯一人、土木工事を勉強して帰国。戦前の二大国家プロジェクトといわれた荒川の放水路、信濃川の大河津分水路を完成させた。
 私が強調したいのは、青山さんの公共事業に対する取り組みの姿勢である。それは端的に記念碑に表れている。荒川の方には「比ノ工事ノ完成ニアタリ多大ナル犠牲ト労役トヲ払ヒタル我等ノ仲間ヲ記憶センカ為ニ神武天皇紀元二千五百八十二季荒川改修工事ニ従ヘル者ニ依テ」と書いてあって、最高責任者である青山さんの名前はない。
 信濃川の方は私も平成6年9月26日、見学させていただいたが、二つの記念碑がある。一つには表と裏があり、表には「萬象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ」と書いてある。裏には「人類ノ為メ國ノ為メ」と書いてある。人類のため、国のためというのが青山さんの考え方であり、当時の世相を思えば、まことに革新的な思考といえよう。 もう一つの碑は従業員一同の碑であるが「本工事竣工のため四星霜の久しきに亘りて吾等と吾等の僚友が払いし労苦と犠牲とを永遠に記念せんがために」と書かれていて、ここにも青山さんの名前はない。
 棟方志功さんも“人類ノ為メ國ノ為メ”という言葉はいい言葉だ、と何度も褒めている。私は全ての公共事業はこの精神で進めてもらいたいと思う。
 以上の話は私が平成11年2月17日の衆議院予算委員会第八分科会で質問し、会議録に掲載されている。吉野川第十堰改築問題が住民の理解と協力を得て円満に解決されることを心から祈っている。