随筆60 「寒波で全滅したミカン」

 季節外れの異常な寒さだった。朝起きたら、わが家でも、戸外にある温水器が、凍りついていた。水管が破裂し、流れ出た水が即座に氷となってしまったのだ。
「大変です。ミカンが全滅しました。すぐ来て下さい」。勝浦町の支持者から第一報が入った。
「やっぱり、一番先に来てくれましたね。ありがとうございます。早速案内します」。電話を下さった支持者とともに勝浦町役場に到着すると、町長さん自らが先頭に立って、ミカン畑に連れていって下さった。
 どこのミカン畑に行っても、ミカンの木はうなだれている。「こちらの方は、寒さに強いものを植えていましたから」と一縷の望みを託した地域もやはりダメだった。
 山々をあちら、こちらと歩き回ったが、どこも同じだった。「全滅ですね。ようやく軌道に乗って、これからという時だけにまことに残念です」農家の人達も悔しそうだ。けれども、天災だけに、不満をぶつける所がない。「保険はどうなっています。せめて、果樹共済保険の支給をできるだけ早く、できるだけ多くできるように取りはからってみます」私もそういうのが精一杯だった。昭和59年9月29日のことである。
 国会に帰ると私は早速行動を開始した。農水省に天然災害による共済保険が早期に支給されるようお願いした。今後のために寒さに強いミカンの品種を開発するよう働きかけもした。
 そんな努力が実り、日をおかずに調査官を派遣していただき、保険が支給された。また立枯れしたミカンを寒さに強い品種に植えかえることにもなった。
 勝浦町役場の方々とは、そんな御縁がきっかけで、おつき合いが始まり、平成10年3月13日には、町長や議長とともに通産省へ町の誘致工場閉鎖問題で申し入れに行き、3月19日の衆議院予算委員会第五分科会で取り上げた。
 海外は人件費が安い。製造業が生産拠点を日本からアジアの諸国に移している。それは営利を目的とする企業活動としては是認されても、これといった産業のない自治体にとっては、せっかく誘致した工場の閉鎖は、致命的な痛手となる。誘致工場がその地域の中核産業となっている場合はなおさらである。
 勝浦町の場合も、町をあげて、工場閉鎖反対運動が起こった。しかし結局は閉鎖されてしまった。従業員は一人も解雇されず、同社の那賀川町の工場に雇用されたけれども。町では、新たな地域の活性化をどうするか、大きな宿題を背負うことになった。過疎化の町の悩みは深い。