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随筆61 「ブナを守れ!しもあれ国有林へ」
昭和60年4月12日、公明党にジャパングリーン会議か発足した。初代議長は参議院議員の多田省吾さん。行動の人だった。私も発足式以来、お供して視察にシンポジウムに申し入れに同行させていただいた。
緑を守ろう。良質の緑を日本中に残し、育てたい!多田さんの心をかきたてたのはそんな思いだったに違いない。
秋田県の白神山地。ここでは青森と秋田をつなぐ青秋林道がブナ林を切り倒して開通する予定だった。昭和62年10月13日、私達は、その現場を視察、直ちに工事の中止を政府に訴えた。これがきっかけとなり、工事は中止され、今は世界遺産に登録されている。「徳島でもブナの国有林が代採されています。ぜひ、来て下さい」私のそんな訴えに、多田さんは二つ返事で「わかりました。皆んなで行きましょう」と早速行動を開始してくださった。
昭和63年4月1日、木沢村の“しもあれ国有林”にはまだ雪が残こっていた。その残雪を踏み分けて、多田議長を先頭に衆参国会議員、地方議員がそろって視察した。案内していただいた営林署の方々もびっくりするほど大勢の、しかも精力的な視察だった。
私はこの視察をもとに、さらに調査を進め、平成1年11月21日の衆議院環境委員会で取り上げ“しもあれ国有林”のブナは保護されることに決定した。
ブナは森の王様といわれる。「ブナの森に水筒いらず」といわれるほど、ブナの木には大量の水が含まれている。ブナの森では土壌にも大量の水分が含まれていて、動植物の豊かな多様性を生み出す源泉となっているのだ。
そのブナ林を杉や檜の林とする。そんな戦後の拡大造林は、明らかに行き過ぎであり誤りだった。天然のダムを崩壊させてしまったのだから人工のダムをいくら作っても、地崩れを防げないのは当たり前だ。
もともと国有林野事業を特別会計にしたのは、戦後の復興資金として国有林野が切り倒されるのを防ぐためだったと聞く。それが年とともに全く逆の結果を生み、特別会計制度のために、経済性を優先した国有林野事業を行わざるを得ない宿命を負ってしまったのである。
最近は、その愚を悟り、森林を保護する観点から、国有林野事業の見直しが行われており、林野行政は大きく変わりつつある。今後は林野行政と環境行政を一体化し、ブナの林を含めたこの大自然を何としても保護しなければならない。
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