随筆67 「未来をひらく空の玄関」

 金帰月来という言葉がある。毎週金曜日に選挙区に帰えり、月曜日には国会に来るという意味のようだ。
 事実、私もこの言葉通り、初当選以来16年間ずっとこのスケジュールで、今もこれを繰り返している。そのたびにお世話になっているのが松茂町の徳島空港である。自衛隊との共用であるため徳島飛行場ともいう。
 紀伊半島の突端・串本上空から飛行機の高度は下がり始める。眼下に紀伊水道が広がり、その彼方にふるさとの山河が浮かぶ。蒲生田岬の先端に伊島が見える。那賀川の河口、そして小松島港に続き吉野川が近づく。絵に描いたような美しさである。
 空港の上空に来ると、視野一杯に水と緑に彩られた徳島平野が鮮やかにその素顔を見せる。「いいなあ、やっぱし、何たって徳島はいい」いつも同じ風景を見ているはずなのに、私はそんな思いにかられる。空から見る徳島空港は、ドーンと流れる吉野川とくねくね蛇行する旧吉野川、そしてレンコン畑や水田に囲まれ、水と緑の中に浮かぶ小さな島のようだ。
 私が初当選したころ、東京便にはジェットが就航していなかった。大阪便が主流で便数も少なかった。だからフェリーや高速船で神戸や大阪に渡り、新幹線で上京することが多かった。
 現在は東京便はダブルトラッキングも実現し、一日七便、中型ジェットが往復している。大阪へは五便、名古屋にも二便、福岡へは一便、札幌へも隔日だが一便就航している。東京には日帰りできるほど便利になった。私自身、徳島空港の整備と路線の拡大を国会で訴え続けてきただけにうれしい限りだ。
 徳島空港の課題は滑走路を現在の2,000メートルから2,500メートルに拡張すること。併せて周辺を総合的に開発整備すること。この計画はすでに事業着手されていて、環境影響を評価する段階まで進んでいる。
 2,500メートルになると大型ジェットも就航できる。四国では松山や高松と同規模の空港となる。高知空港も2,500メートルに拡張する計画で事業を進めている。徳島空港を国際化する。これは私の夢である。成田も関空も滑走路が一本しかないためハブ空港の役割を果していない。ソウルや上海がアジアのハブ空港めざして着々と整備を進めている。ここに直接アクセスすれば世界中どこにでも行ける。徳島の空の玄関が世界につながるのだ。21世紀は間近い。未来への夢をひらく、そんな徳島空港にしたいものだ。
 ところで空港を利用するたびに思い出す人がいる。空港と目と鼻の先にお菓子の工場と阿波乃里という徳島県観光協会指定の観光ステーション設置モデル施設を作った岡武男さんである。
 岡さんは明治41年6月1日山川町に生まれ、ハレルヤ製菓を創業した。この土地に本社工場を移転するに当たって自ら弁当を腰に毎日毎日歩き続けて探し出したという。「当時はカヤの生い茂った不毛の土地で、不動産業者さえ見向きもしなかったところですわ」社長室でそんな話をしてくれたことが懐かしい。残念ながら岡さんは逝去されたが、工場と阿波乃里は四季を通じて観光客がひきもきらない。