随筆70 「美馬中央橋と佐藤藤太さん」

 貞光町と美馬町を結ぶ美馬中央橋。この橋を見るたびに佐藤藤太さんのことを思い出す。佐藤さんは貞光町の繁華街でハンコ屋さんを営みながら、公明党の町議会議員をされていた。
 剣道の達人で、刀剣にも詳しく、刀の話になると頑として譲らなかった。いつもニコニコ笑っていて人なつっこい方だったが、竹を割ったように一本気なところがあった。  佐藤さんには、よく貞光町内を案内していただいた。自動車の運転はそんなに上手ではなかったが、端山の奥の急傾斜地であろうと所かまわずどんな山道も車で走り抜かれた。
 私はいつも座席にしがみつく思いで乗っていたが、幸い事故に遭ったことは一度もない。そんな佐藤さんがしみじみいわれたことがあった。「ここに橋を架けたいんです。この吉野川に、貞光町と美馬町を結ぶ橋を」。堤防の上で、対岸を指さしながら佐藤さんは、つぶやかれた。
 「私は町議会議員に初当選以来、ずっと言い続けてきたんです。いつも同じことを言っとると同僚から笑われることもありましたが、いるもんはいるんじゃと私は言い続けてきました。お陰で、もうじき工事にかかることになりました。うれしいことです」。  議員冥利に尽きるーー。永年の主張が実った喜びを佐藤さんはそんな言葉で表現してくれた。町の人達の喜ぶ姿が目に浮かぶのだろう。佐藤さんの顔は子供のように輝いていた。
 美馬中央橋は完成した。佐藤さんの根気よく粘り強い主張が町長を動かし、県や国の関係者を動かしたのだ。地権者の皆さんにも大変な御協力をいただいた。そんな皆さんの熱意がここに実を結んだのであった。今では、対岸の美馬町には高速道路が走り、インターチェンジもできた。三頭トンネルも完成し、香川県もグンと近づいた。貞光町を通る国道192号には道の駅・貞光ゆうゆう館が観光客の人気を呼んでいる。
 こんな貞光町を今は亡き佐藤さんにぜひ見てもらいたかった、と私はつくづく思う。初盆の供養に佐藤宅を訪問した私に息子さんも同じことを言われた。息子さんは家業のハンコ屋さんを引き継いで頑張っている。佐藤印章店の界わいは、今も昔もあまり変わらない。私にとっても馴染み深い通りである。