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随筆73 「ハングライダーとモトクロス」
三頭トンネルの開通と、徳島自動車道美馬インターの開設で最近の美馬町には、国道の沿線を中心に活気があふれている。県西部の交通の要衝として大きく変化しつつあることはうれしい限りだ。
この地域の歴史は古く、国指定史跡「段の塚穴」や「郡理廃寺跡」を見れば飛鳥・奈良時代から文化が発展し、大化改新の時代には郡衛がおかれていたことがわかる。
私もよく美馬町の全域を訪問させていただいたが、山間地ではとくに勾配が急で、びっくりするような斜面を土地の人達はいとも簡単に登り下りする。その見事なハンドルさばきに感心したことを思い出す。
切久保、入倉、清田、丈寄、竜王山、惣後、藤宇、中村、野田ノ井などの山里では、時間が止まっているようで、お茶をいただきながらゆっくり話しができた。
ブロイラー(養鶏)もだめ、葉タバコもあかん、高冷地野菜や花卉・花木栽培も収入が安定せん、と話しの内容は深刻なのだが、意外とのんびりしているのだ。それでも政治の話になるとどの人も一家言を持つ評論家となる。「仕事がないときは一日中家でテレビ見とるからなあ」「テレビ見るのが仕事やさかい、しょうないわな」「だから誰がどう言った、誰がこう言っとったわという情報はそのまま入ってくるんですわ」「なるほど。よう、わかりました」私は脱帽するばかりだった。
私は衆議院で逓信委員をしている。よく委員会でも話題になることだが、確かに言論は自由であり、マスコミには報道の自由がある。何を言ってもよい。これは認める。しかし意図的に真実を加工しては真実とはほど遠い、あるいは真実とは逆の報道がされる場合どう対処すればよいのか。
公の電波を使ってそんなことをすれば、それはマスコミ自身の自殺行為となるのではないだろうか。とくにそれが個人のプライバシーを侵害するものであれば公器による犯罪ともなる。
その重い責任を自覚して真実と事実に徹した報道を心がけてもらいたいものだと強く思う。
とともに、マスコミ報道を見聞する国民の立場にも私は注文したい。報道をうのみにするのではなく、少し距離を置いてまず自分で考えて見ること。自分の判断で報道に接すること。自立した自分の意見を持つこと。国民自身がマスコミの報道を判断する見識を持つこと。
経済の原則ではグレッシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」が有名だが、マスコミと国民の間では「良貨は悪貨を駆逐する」そんなルール作りが自然にされることを私は望みたい。それこそ理想の民主主義国家だと思う。
ところで最近の美馬町はハングライダーやモトクロスが盛んで若い人達の人気を集めている。大空を鳥のように自由に飛ぶ。私にはもっとシェイプアップしなければとても無理だろう。
モトクロスはヤマハにいたころ、専用のバイク作りを間近かでみていただけに、より興味がある。私の高校時代の同級生・阿部光行君は毎年、美馬町の大会に出場しているが、引き締まった彼の身体をみると本当にうらやましくなる。
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