|
随筆80 「超満員の会場から教育を考える熱弁」
井川町の人たちは選挙になると燃えに燃える。どの陣営も遊説車の後に10数台の応援団がつく。白いハチマキに白い手袋、どの人も身体を乗り出して声を限りに声援を送る。町の人たちも道筋に出て、盛大な応援合戦を競い合う。V字型に食い込む井内谷川の峡谷沿いの細道を上り下りする遊説車の長蛇の列は、一日中ひきもきらない。私もよくこの峡谷沿いの道を走ったが、必ず2度や3度は相手候補の遊説車と出会った記憶がある。
井内谷地区には縫製や製材工場が多いが、遊説車が通ると窓を開けて、たくさんの人たちが手を振ってくれた。町に出るとどの商店からも人々が飛び出してきて握手してくれたことも思い出す。
選挙が終わったあと、私はいつも考えていた。井川町の人達に喜んでいただけることをぜひとも実現したい、と。公明党では教育改革推進本部をつくり、全国各地で教育講演会や教育を考える会を開催していた。私も講師として、沖縄県那覇市や長野県上田市、埼玉県川口市、福岡県北九州市、鳥取県倉吉市に派遣され、期待される教師像や大学入試や高校入試のあり方に始まり、教育に関する様々な問題点を参加者とともに熱心に語り合ってきた。徳島県では徳島市と鳴門市で開催し、好評を博していた。
“よし、次はぜひとも井川町で開催してみよう”そう決意した私は、迷うことなく実行に移した。講師は私のほか、東京から参議院議員の広中和歌子さんと衆議院議員の鍛冶清さんに出席してもらった。地元からは町の教育長が出席して下さった。人口が5000人ほどの町で開催するのは党としては初めての試みだった。党本部では誰もが心配していた。しかし、私には絶対に成功するとの強い自信があった。
平成4年10月31日、井川町のふるさと交流センターで教育を考える会は開かれた。会場は超満員である。どの人も真剣そのもので、講師の話に聞き入っている。やがて討論会に移った。会場から一斉に手があがる。どの人の質問も教育の本質に迫るものだった。広中さんや鍛冶さんが感動するほどの熱弁をふるう人もいた。熱弁が続き、定刻を30分ほど過ぎてしまったが帰る人は一人もいなかった。「きょうは本当によい会合でした。いい話を聞けて本当によかったです。」会場からも講師の方々からも御礼をいわれて、私は「井川町で開催して本当によかった」としみじみ思った。
|