随筆84 「吉野川にはカンドリ舟」

 私の国会事務所に掛け軸が一本かかっている。昭和59年6月、公明党青年局で訪中したおり、購入してきた安価な山水画だが、私は結構気に入っている。桂林地方の風景だろうか、断崖絶壁の山々を背に大河が流れ小舟が一つ浮かんでいる。老人が一人静かに櫓(ろ)をこいでいる。余りにも大きな自然のなかに余りにも小さな人間、悠久の時の流れに身を任せて大自然と一体となっている人間、この絵は小舟と老人を描くことによって全体を引き締めている。豆粒のように小さな舟と老人なのだが、いろいろと空想をたくましくさせてくれる。そこが気に入って、私はずっと掛け続けている。
 ところでふるさとの大河、吉野川にはなんといってもカンドリ(楫取り)舟が似合う。夕陽に染まる山々を背にして、川面にはカンドリ舟が浮かぶ。舟には老人が一人、黙々と鮎を追っている。これこそ吉野川の原風景だ。遠望するとまさに掛け軸の世界そのものとなる。
 カンドリ舟は吉野川を代表する川船である。船首と船尾を高く反らせているのは、急流に対応できるよう水切りをよくするためだと聞いたことがある。全長は6メートル強、最大幅1.4メートル、スギやヒノキ、ツガなどを材料にしてつくる。
 現在、この舟をつくることができるのは県下に2人しかいないそうだ。その一人の作業場が、三野町太刀野にある。太刀野は私も何回か訪問したことがあるが、河内谷川沿いに北上すると閑静な集落に出会う。そこが太刀野であり、その奥が太刀野山である。
 カンドリ舟づくりには特別の船釘が使われる。1隻に350本使うそうだ。心配なことは今春、最後の船釘職人が亡くなったこと。「在庫が切れたら、船造りも終わりや」という声が聞こえてくる。
 吉野川にはカンドリ舟。この風景をいつまでも伝えたいと思う。しかし、現実には大変に難しい。経済の論理ではなく別の論理が必要だ。伝統の技術を継承するためにも。残された時間はわずかしかない。