2018年

2018年9月17日

 

 私は9月6日から13日にかけ、家内とともにロシアを訪問してきました。ロシアへは最近では2003年9月1日から5日まで日ロ友好議員連盟の一員として訪問しています。今回は15年ぶりの訪問ですから街や人々の生活がどのように変化したのか興味がありました。

 

 モスクワで2泊、サンクトペテルブルグで3泊の短いロシア滞在でしたが、興味のある観光地はすべて訪問することができました。

 

 モスクワでは黄金の環として知られるモスクワ市郊外の小さな町であるセルギエフポサードの古都を初訪問して大修道院や大聖堂などの教会群を見学しました。この後モスクワに帰り、赤の広場や聖ワシリー教会やグム百貨店などにも立ち寄りました。

 

 赤の広場にはビールを飲むレストランが立ち並び、国営百貨店だったグム百貨店は豊富な高級品にあふれていました。アイスクリームの店や噴水の水に浮かべたスイカやメロンを即売する店内の広場には人垣ができるほどの賑わいぶりでした。

 

 翌日は世界遺産であるクレムリンの中に入って広い庭園を散策しました。宝物館であり博物館でもある武器庫にも入って見学をしました。ここは15年前と比べると展示品に大きな変化はありませんでした。

 

 サンクトペテルブルグへは特急列車で参りました。到着した翌日はプーシキンにあるエカテリーナ女帝の夏の宮殿やぺテルゴフにある365もの噴水で有名なピョートル大帝の夏の宮殿を見学しました。

 

 翌々日は聖イサク寺院や青銅の騎士像,血の上の教会を見た後、エルミタージュ美術館の宮殿広場に参りました。エルミタージュ美術館では本館と別館を5時間かけて鑑賞しました。

 

この旅行でこんな句ができました。

 

終った人観て晩秋のモスクワに

渋滞の街に西日の容赦なく

山のなき街を染めゆく秋夕焼

ダーチャなる菜園真っ赤ななる林檎

菊の花思ふ黄金の花壇かな

小春日の花壇の色の鮮やかに

サルビアの赤のまぶしき花壇かな

教会の庭の林檎も実をつけて

ななかまど赤い煉瓦の庭に咲く

夕顔や土塀の今も続く古都

劇場に遠き日のこと思ふ秋

ビールビール赤の広場のカフェテラス

風雪の歴史の舞台冬近し

赤はこれ美しきこと秋深し

アイス売る赤の広場のデパートに

西瓜売る赤の広場の百貨店

噴水の水に浮かべて西瓜売る

噴水の水に西瓜を浮かばせて

デパートの即売メロン旨かりし

悠久の歴史をしのぶ館の秋

暮れ早き街に電飾始まりぬ

モスクワは街路に林檎実る街

クレムリンなかに森ありななかまど

制服の落葉集めるクレムリン

すずかけの実のたわわなるクレムリン

西日受け金のまぶしきクレムリン

西日受く大砲使はれぬままに

大鐘の西日の中に曝されて

落葉踏み武器庫なる宝物館へ

ペテルブルグへ西日の中を列車行く

ペテルブルグへ走る車窓の暮れ早し

白樺の森に大きな西日落つ

大陸の夕焼は青き空残し

宮殿を仰ぎ秋の空仰ぎ

エカテリーナ宮殿仰ぐ小春かな

小春日の宮殿の部屋明るかり

宮殿にやさしき秋の光かな

宮殿の中に秋の日やはらかく

琥珀の間出て新涼の庭園に

小春日のツートンカラーの烏かな

新松子レバノン杉は松なりし

レバノン杉仰ぎ秋の空仰ぐ

噴水の水に秋の日煌めける

金色に光る噴水見て飽きず

栗鼠走る木の実の落つる宮殿に

木の実踏み大帝公の庭めぐる

三百六十五ある噴水を巡る苑

宮殿に赤青林檎たわわなる

コスモスの白の際立つ花壇かな

サルビアと赤を競へる桜草

フィンランド湾に波なく秋高し

海を見る白いテラスに差す冬日

噴水のしぶきに濡れて苑巡る

西日受く宮殿仰ぎつつ登る

血の上の教会に降る秋の雨

露の日の教会の色しっとりと

庭園に秋の風吹く美術館

川よりの風の涼しき美術館

着膨れたものみな預け館巡る

秋の日に孔雀時計の金まぶし

放蕩の息子の帰還帰り花

爽やかやアルプス越えしナポレオン

手をつなぐマチスのダンス冬温し

秋晴れて青美しき美術館

バレエ観ずホテルに過ごす良夜かな 

2018年8月18日

 

 今年の盆休みも例年のように3人の息子たちの家族が勢ぞろいして総勢16人で慌ただしく過ごしました。

 

 まず先祖や昨年急逝した弟の墓参をしたあと、懇意にしている社長さんから「皆さんで食べてください」といただいた大きな岩牡蠣やカンパチ一尾をさばいての刺身や鱧の料理をはじめたくさんの鰻の蒲焼にも家族で挑戦しました。

 

 庭先で行ったバーベキューでは鰻の蒲焼の他、牛肉や鶏肉をはじめ大きな若鳥のブロックも焼き上げました。

 

 青竹を半分に割って作った手作りの素麺流しは今年初めて行ったのですが、子供たちに大好評でした。

 

 花火や庭でのプール遊びもしました。8人の孫たちはまるで一家族の兄弟姉妹のように夏休みを過ごしました。阿波踊りの観賞にも揃って出かけました。

 

 エキサイティングサマー・イン・ワジキには今年も家族で出かけました。この野外ライブは1990年以来、毎年8月に無料で開催されているのですが、今年もアーティストが多数出演して盛り上がりました。

 

 今年は身に危険なほどの酷暑が続きましたが、徳島でも昨日あたりからすっかり秋らしくなりました。吹く風も心地よいです。

 

 息子たちもそれぞれの家庭に帰り、私たちもいつもの静かな生活に戻りました。本当に慌ただしかった盆休みでしたが思い出に残る日々でもありました。

 

 こんな句ができました。

 

岩牡蠣の圧倒的な大きさよ

岩牡蠣の二人がかりの料理かな

岩牡蠣の旬のミルクの濃厚さ

箸伏せて子らは素麺流し待つ

箸の間をするり素麺流れゆく

子らの顔真剣となる花火かな

雷の遠のきライブ始まりぬ

テント村めける野外のライブかな

雲の峰ドラゴンの首伸びて行く

ドラゴンの火を吐くやうな雲の峰

2018年7月13日

 

 西日本豪雨で警察庁は12日、被災地での死者が14府県で200人に上ったと発表しました。近畿から九州まで広範囲に大雨特別警報が出されてから今日13日で1週間になります。死者の数は今後もなお増えることが予想されます。

 

 死者と不明者の数が293人に上った1982年の長崎大水害以降、最悪の豪雨被害となりました。総務省消防庁によると避難指示・勧告対象は最大で23府県、約863万人に及びました。

 

 7日に19府県で4万2千人を超えた避難者は12日正午時点でも15府県で7085人。被災地では警察や自衛隊、消防、海上保安庁などが7万人以上の態勢で不明者捜索や救援活動を継続しています。

 

 鉄道はJR西日本など10事業者26路線が運休。JR四国でも復旧まで最長2か月かかる区間があります。国土交通省によると高速道路は8路線8区間で通行止めとなっています。

 

 停電やガスの供給停止はおおむね復旧しましたが、多くの家庭では断水が続いており、厚生労働省によると断水戸数は12日正午時点で計23万5千戸に及びます。

 

 私の住む徳島県ではお陰様で大きな被害はありませんでしたが三好市山城町で土砂崩れのために水道管が破裂し50戸で断水。山間部を中心に復旧のめどは立っておらず、住民の皆さんは不安を募らせています。

 

 私は7日に母校の静岡大学浜松キャンパスで、年に1回開催される同窓会の全国支部長会がありましたので羽田空港経由で浜松に参りました。帰路もなお山陽新幹線並びに四国への交通機関が運休していましたので羽田空港経由で徳島に帰りました。

 

 西日本が梅雨前線の停滞で「平成最悪の被害」を受ける悪天候であったにもかかわらず、梅雨の開けた羽田空港の空には青空が見えるほどでした。日本は広いなとつくづく思いました。

 

 今回の被害は停滞した梅雨前線に台風7号による南方からの大量の水蒸気が流れ込んだことが原因とされています。このため、記録的な大雨が西日本中心に長時間降り続けたとされているのです。

 

 それにしても一つの地域を狙い撃ちするかのように豪雨が何日も降り続ける気象は異常と言わざるを得ません。識者からは「異常気象新時代」との声も聞かれます。地球規模で異常気象が起きる時代、地球自身が異常になった時代に入ったのでしょうか。心配です。

2018年6月26日

 

 6月13日に衆議院の前議員総会があり、議長招待の懇親会がありましたので上京しました。ここでは懐かしい人々にお会いすることができ、お互いの健康を祈って祝杯を挙げてきました。上京した時、いつも訪問する東御苑では今年も花菖蒲を見ることもできました。

 

 翌14日には若き日に名古屋で聖教新聞の編集に携わった同窓の方々が集まり、長野県の昼神温泉に一泊、懇親会に出席してきました。懐かしい人々の集まりだけに夜遅くまで話が弾みました。

 

 この聖教新聞の同窓会は当時の支局長だった塚田昌平さんを偲んで作られ「昌平会」の名で毎年小旅行をして懇親会を続けてきたのですが、今年はペルーで活躍された島国郎さんや金沢で活躍された手取屋七直さんも初めて出席され大いに盛り上がりました。

 

 この後、15日、16日は愛知県武豊町の長男家族の家に宿泊して長男夫妻や3人の可愛い孫たちと楽しい日々を過ごしてきました。知多半島の突端にある師崎で新鮮な海の幸も味わいました。

 

 16日には私の希望で長男にトヨタ博物館と岡崎城公園に案内してもらいました。トヨタ博物館では私がヤマハ技術研究所に勤務していた時、研究開発の一員として世に出したトヨタ2000GTに再会することができました。

 

 トヨタ2000GTは日本の生んだ名車として今も高く評価されていて博物館の中でも特別な車として展示されており、お土産売り場でも関連グッズがたくさん展示されていました。

 

 その中から、トヨタ2000GTの全体設計図を印刷した黒いTシャツを長男が私に父の日のプレゼントとして買ってくれました。今も大切にしています。

 

 思い出深い小旅行となりましたが、こんな句ができました。

 

花菖蒲色鮮やかに残り咲く

萎れたる菖蒲の花を見ぬ御苑

残り咲く菖蒲の株の散らばれる

六月に萩の花咲く御苑かな

露載せし蛍袋の傾ぎやう

この草を虎の尾てふは大袈裟な

恵那山のトンネル出れば山法師

山栗の花のしだるる伊那路かな

朝市の隣の湯宿立葵

露天湯に入れば伊那峡ほととぎす

紅白の夾竹桃の咲き競ふ

岡崎の城紫陽花の群れ咲きて

竹千代の城正面の茶屋濃紫陽花

家康の城は空堀濃紫陽花

万緑の中に自動車博物館

楊梅の鈴生りなりし博物館

日当たりの側の楊梅鈴生りに

世に出せし車に出合ふ館涼し

開発に汗流したる日の遠く

今もなほ名車と言はる涼しさよ

涼風の如き名車でありにけり

世に出せし車のシャツを父の日に

2018年5月28日

 私は515日から24日まで妻と共に中央ヨーロッパを旅行してきました。チェコのプラハで2泊。プラハ市内をゆっくりと観光した後、クトナーホラやチェスキークルムロフを経てオーストリアのザンクトウォルフガングで2泊。ハルシュタットとザルツブルグ、メルクとヴァッハウ渓谷を観光してウィーンに2泊。ウィーン市内を観光した後、スロバキアのブラチスラバを経てハンガリーのブタペストで2泊。ブタペスト市内をはじめドナウベントのエステルゴムやセンテンドレにも足を運んできました。

 

 中央ヨーロッパには12年前に旅行したことがありますが、この期間にどのように変化したのかを見ることにも興味がありました。特に感じた第1点はかつて無料であった観光地がどこもかしこも入場料を取るようになっていたことです。さらに第2点はテロ対策のため、入場時の身体検査が厳しくなっていました。覆面禁止法なる法律が制定されマスクや帽子が禁止されているところさえありました。

 

 第3点として貧富の差が拡大しているようにも思えました。美しく着飾った人々が高級店に出入りしている反面、どこの街角でも乞食が物乞いをしていました。12年前には見られなかった風景ですから少しびっくりしました。

 

 今回の旅行で特に印象に残ったところはプラハのプラハ城、カレル橋、チェスキークルムロフの旧市街、ハルシュタットの塩坑と湖畔の散策、ザルツブルグのミラベル庭園、メルクの大修道院、ウィーンのシェーンブルン宮殿、ベルヴェデーレ宮殿、ブラチスラバの旧市街、ブタペストのゲレルトの丘、王宮の丘、漁夫の砦、くさり橋などです。

 

 最も印象に残りましたのが、最後の日のブタペストの夜のドナウ川クルーズです。ドナウ川の両岸にあるライトアップされたブタとペストの街の建物が目の前に見えます。国会議事堂や漁夫の砦や王宮の丘、ゲレルトの丘が次から次にと金色に浮かび上がります。くさり橋やエリザベート橋もくっきりと見えてきます。川風が心地よく、約1時間の貸し切りクルーズは感動の余韻を残してあっという間に終ってしまいました。

 

 今回の旅行でこんな句ができました。

 

中世の橋の下行く子鴨かな

夏霧の晴れて明るき街となる

夕立来て赤い煉瓦のしっとりと

赤い屋根青葉若葉によく映えて

マロニエの真っ赤な花と白い壁

マロニエの葉蔭の花のまぶしさよ

一列になり急流をボート行く

急流を過ごし一息船遊

夏空へ大聖堂の屋根凛と

小手鞠の白を仕上げてゆきし雨

雨上がり白の極まる花水木

雨ありてこその水木の花なりし

菩提樹の花の盛りの街を行く

菩提樹の花の香りの満てる街

五月柱なるは高々夏を呼ぶ

人形も五月柱を登る初夏

聖五月民族衣装着て踊る

夏来る喜び子らのダンスにも

高原は夏の草花咲き満ちて

夏霧の下に湖畔の町浮かぶ

霧晴れて緑の美しき町となる

雪渓を置く山見えて湖静か

炎昼に金のまぶしきモニュメント

散策し集合場所は片蔭と

サングラス外し生家の文字仰ぐ

夏空へモーツアルトの像高く

庭園は緑とみどり競ひ合ふ

箱庭のやうに家並み続く街

宮殿の広場打水したくなる

宮殿の裏は庭園風涼し

ハプスブルグ家の名残か赤い薔薇

炎天に黄金の鷲と赤い薔薇

クリムトの接吻も見てカンナ燃ゆ

噴水の四つも上がり庭静か

ビール飲み寝てしまひたるオペラかな

オペラ跳ね暑さの残る街帰る

坂の上の城への道の薄暑かな

炎昼に土管工事の工夫像

暮れなずむドナウに夕焼始まりし

夕焼のドナウの川面染めてゆく

朽ち果てし遺跡に芥子の赤い花

鉄条網張られし遺跡芥子の花

くさり橋渡れば緑燃ゆる丘

橋くぐる船に涼風心地よく

遠足に遺跡を巡る子供かな

川風の涼しき漁夫の砦かな

砦より眺む議事堂風涼し

議事堂はドナウの畔風薫る

燕の巣大聖堂の屋根裏に

接骨木の花咲く岸にドナウ見る

語らひのドナウの岸辺夏の夕

ゆったりと岸辺で過ごす夏の宵

夏の夜のドナウクルーズ金の波

夏の夜のクルーズをして旅終る

2018年4月26日

 

 安倍総理主催の「桜を見る会」にご招待をいただきましたので4月18日から25日まで一週間ほど上京して東京では上野東照宮の牡丹苑や深大寺、浅草のスカイツリーを散策しました。

 

 新宿御苑の「桜を見る会」は残念ながら八重桜の残花を少し見ただけでした。諸般の事情から開催された時期が少し遅かったようです。

 

 みちのくの残花でも見ようかと福島県まで足を伸ばしました。南会津郡にある大内宿を訪ねたのですが、行く先々の山間部では桜がまさに満開のところもあり、車中からでしたがお花見を堪能することができました。

 

 江戸時代、下野街道の宿場町であった大内宿では茅葺き屋根の葺き替えを見ることもできました。大内宿の周辺は戊辰戦争で激しい戦場となったのですが、幸いにも宿場町は戦禍を免れ茅葺の家が軒を並べる町並みがそのまま残されたとのことでした。葱一本でいただく名物の葱蕎麦も堪能しました。

 

 郡山市の磐梯熱海温泉は開湯から約800年。京の都の歌姫がこの温泉で不治の病を治したとの伝説が伝わっています。湯質は肌にやさしく「美人をつくる湯」として人気を呼んでいます。私も宿泊して湯に入りましたが肌が若返るような気分がしました。

 

 茨城県の国営ひたち海浜公園にも行ってきました。ここは450万本のネモフィラのお花畑で有名ですが「みはらしの丘」に見渡す限り咲き並ぶ風景は絶景でした。ここではチューリップのお花畑も広々と広がっていました。

 

 帰郷する前日には私の好きな吟行地でもある皇居東御苑にも行ってきました。花菖蒲はまだ見られませんでしたが、躑躅が満開で外国人が大勢来ていました。新装された東京駅の駅前広場にも行ってきました。

 

 今回の旅行でこんな句ができました。

 

外つ国の人で賑はふ牡丹苑

雨後の牡丹の色でありにけり

牡丹には日除けの和傘よく似合ふ

黄牡丹に甘い香りのありにけり

卯の花の白を際立て雨上がる

本堂になんじゃもんじゃの白い花

ひっそりと御苑の庭の藤の花

青楓さ揺らす風のありにけり

スカイツリーに目高のやうな五月鯉

スカイツリーに纏はる小さき五月鯉

大きかり大内宿の鯉幟

茅葺の家に大きな鯉幟

みちのくの大内宿の鯉幟

山笑ふ中に大内宿の里

打水のされて大内宿の道

庭先のサイダー冷やす雪解水

茅屋根の葺き替へ工事寄り合ひて

葺き替への掛け声もなく手際よく

一本の葱でいただく宿の蕎麦

春風の蕎麦屋の暖簾揺らしゆく

薫風にネモフィラの花さざめける

麗かにネモフィラの咲き満てる丘

春光にネモフィラ青く煌めける

ネモフィラの丘より春の海を見る

緑陰の三つ葉躑躅の明るさよ

見渡せば視野の果てまでチューリップ

畳敷き詰めたるやうに著莪の花

池の端を埋め尽くして紫蘭咲く

犇めきて咲ける躑躅の明るさよ

外つ国の人も御苑の躑躅観に

浜茄子の花の御苑の薔薇園に

霾晴れて東京駅の美しく 

2018年3月29日

 

 日本伝統俳句協会の徳島地区研修会として3月18日の日曜日に阿南市椿町の椿自然園で俳誌祖谷の吟行句会が開催されました。私も出席いたしました。

 

 椿自然園の送迎バスが徳島駅まで来てくれましたのでこの日は観光旅行のような気楽な気分で吟行句会を楽しむことができました。

 

 お目当ての一つとして楽しみにしていた椿川での白魚漁は残念ながら見ることはできませんでした。今年は不漁と聞いていましたが、椿川に行って見ますと白魚を捕る四手網は挙げられたままで川には寒鯔が群れを成していました。

 

 こんなに大きな寒鯔が泳ぐようでは白魚は来ないだろうと思いました。天候異変のためとはいえ誠に残念なことでした。

 

 椿自然園の昼食にも白魚は全く姿を見せませんでした。昨年は生きたままの白魚を踊り食いできたのですが、これもできませんでした。

 

 それでもこの日は温暖な天候に恵まれ、広い園内に咲き乱れる700種類の椿を心ゆくまで堪能することができました。

 

 例年よりは潮痛みや風痛みが少ないようにも見受けられました。温室では挿木や接木、取木などの手法でたくさんの新品種の椿が作られ逞しく育っていました。

 

 昼食後の句会では互選の後、岩田公次祖谷主宰の選が発表され、私も句も特選1句、並選2句が選ばれました。嬉しかったです。

 

 この日できました私の句は次の通りです。

 

白魚の川寒鯔の川となり

取木さる椿の負傷兵のごと

尻擦りつつ椿山上るバス(公次主宰特選)

その奥に侘助楚々と咲き残る

断崖の絶壁にまで咲く椿(公次主宰並選)

落椿たどれば順路見えて来し(公次主宰並選)

椿咲く尾根は水師の逃げし道

椿咲く径に群れ咲き黄水仙

濡れてゐるやうな椿の艶やかさ

椿咲く幹より直に咲くもあり

2018年2月23日

 

 上京する機会がありましたので、上野東照宮の牡丹園で開かれていた冬牡丹祭りを見てきました。今年は東京にも寒波が押し寄せ雪の日が多かったそうですが、穏やかな日差しに恵まれたこの日は多くの観覧者が訪れていました。

 

 観覧者の多くはご婦人でしたが外国人も来ていました。藁囲いされた寒牡丹は一層可愛く見えました。一つ一つの寒牡丹をのぞき込むように丹念に見て行く人もありました。

 

 写真を撮る人もいました。椅子に座って寒牡丹を眺めながら俳句を詠む人もいました。即興で作った俳句を展示するコーナーもあり、小学生や外国人の作品も自由自在に展示されていました。

 

 寒牡丹を鑑賞する道の両脇には名人の俳句が立札にして掲げられてもいました。この牡丹園は俳句を愛する人たちに親しまれていることがよくわかりました。

 

 私も一回り吟行した後、お気に入りの寒牡丹がよく見える椅子に座って俳句を詠ませていただきました。そして一句を展示させていただきました。

 

 この牡丹園ではいろんな種類の寒牡丹と共に満作や蠟梅、馬酔木、三椏の花なども咲いていました。土を割って出た福寿草も綺麗な花を付けていました。

 

 早春を感じさせてくれる花が一度に見られて大変うれしい気分になる上野東照宮の冬牡丹祭でした。こんな句ができました。

 

気負はずに咲きていぢらし寒牡丹

寒牡丹散り初め金子兜太逝く

恋知らぬ乙女のやうな寒牡丹

美しく生きるは難し白牡丹

のぞき込むやうに眺めて寒牡丹

黄牡丹にほのかな香りありにけり

楽日にも蕾をつけし寒牡丹

藁囲されて可愛ゆき寒牡丹

美しき和名の名札寒牡丹

黄金の蠟梅の香のほのかなる

蠟梅の犇めき咲ける明るさよ

満作の赤を満作かもと見て

満作の満作らしくちぢれ咲き

土割りて出でしものあり福寿草

ほころべる黄のみづみづし福寿草

東京の寒波の緩み馬酔木咲く

穏やかな日差しとなりて馬酔木咲く

三椏の花はほぐれを解きて咲く

三椏の花は質素でありにけり

2018年2月18日

 

 2月12日、徳島市でベートーヴェン「第九」演奏会が盛大に行われました。これはアジア初演100周年を記念するもので3000人の合唱団がオーケストラの素晴らしい演奏とともに歓喜の歌を歌いあげました。

 

 今から100年前の1918年6月、当時の徳島県板野郡板東町の板東俘虜収容所にいたドイツ人捕虜たちが「ドイツさん」と呼んで接待してくれた地元の人たちへの感謝の思いを込めてベートーヴェンの「第九」を演奏しました。これが「第九」のアジア初演となったのです。

 

 3000人の合唱団は地元の徳島県ばかりでなく、日本全国から希望する方々が大勢参加しました。外国からも友好都市の関係にあるドイツの高校生が参加しました。

 

 また台湾からも婦人の合唱団46人が駆けつけてくれました。台湾からはお世話係として参加された8人を加えると総勢54人が徳島に来てくれたのです。

 

 2年ほど前に私が台湾に行った時に合唱団の代表の方々とお会いしたことが御縁となり、今回の徳島での「第九」演奏会への参加となったのですが、人と人との縁は不思議なものだと思います。

 

 演奏会の後、台湾の合唱団の皆さんと夕食を共にしたのですが、皆さん徳島は初めての方ばかりでしたが徳島と「第九」の不思議な縁も深く理解されており、大変に感激されたようでした。

 

 この夕食会には私の紹介で徳島県婦人団体連合会の副会長さんと事務局長さんにも参加していただきましたが、ご婦人同士お互いに意気投合して日本の唱歌を合唱するなど大いに盛り上がりました。

 

 台湾の代表からはぜひ次の機会には台湾でお会いしましょうとの提案があり、徳島県婦人団体連合会としても台湾を訪問することを検討されるとのことでした。今回の「第九」演奏会をきっかけにして国際交流が始まれば私としてもうれしい限りです。

2018年2月2日

 

私は一月二十九日から三十一日にかけ北陸路を旅行してきました。日本列島を大きく包み込んだ大寒波と立春寒波の間の少し寒波のゆるんだ期間でしたが、雪は毎日降り続け、昼間の気温も摂氏零度前後という北国らしい寒さのなかでの初旅となりました。

 

一日目は徳島空港から羽田空港を経由して石川県の小松空港へ。そこからホテルのバスで片山津温泉の佳水郷に。佳水郷では柴山潟の眺望できる部屋から白銀の世界に陣を張る鴨がゆっくりと観察できました。

 

二日目は能登半島に足を伸ばして輪島の朝市や白米の千枚田を観光しました。輪島の朝市は降り積もる雪を踏んでの散策となりましたが、お目当ての干鮑やするめなどを買い求めることができました。「私が手作りしたもの、味は保証する」と語る朝市の人懐こいおじさんは徳島のデパートもお得意さんだと徳島通を自慢していました。

 

白米の千枚田も雪で覆われていました。最近では千枚田で米作を営む農家が一軒だけとなり、自治体が助成して観光資源としての千枚田を保全していると聞きました。

 

穴水駅からは人気を呼んでいる観光列車「のと里山里海号」に乗り込み、波一つない内浦の景観を楽しみながら和倉温泉に参りました。寒鯔を待つ櫓などが車窓から眺められました。

 

 和倉温泉では昨年も全国の観光旅館の中で一番人気だった「加賀屋」に宿泊。能登島の眺望できる部屋に宿泊し温泉も食事もゆっくりと堪能しました。館内に展示されている加賀の伝統美術工芸品を鑑賞して回るツアーにも参加したのですが、一巡すると一時間もかかるのにはびっくりしました。

 

三日目は金沢でひがし茶屋街や主計町を散策しましたが、雪の降り続くなかで眺めた古都の風景はしみじみとした味わいがありました。雪の兼六園も散策。薄氷の張りつめた霞ヶ池や雪の降り積もった琴柱灯籠や松の雪吊の風景が印象に残りました。新幹線の開業とともに出来上がった大きな鼓門が人気を呼んでいる金沢駅や雪の積もった安宅の関も訪ねました。

 

 久しぶりに訪れた雪の北陸路は味わい深い初旅となりました。こんな句ができました。

 

噴水の柴山潟の凍返る

白銀の世界に鴨の陣を張る

奥能登の雪の山里抜けて行く

藁屋根に積もりし雪の嵩を聞く

買初めは輪島朝市干鮑

店先は雪退かしあり朝の市

冬の海猛る白米千枚田

白雪の荒ぶ白米千枚田

雪積もる駅舎のポストいと赤く

解け始む氷柱の放つ光かな

寒鯔を待ちし櫓の高さかな

内浦の里は静かや春を待つ

能登島も和倉も雪の朝明ける

湯煙や雪の和倉は静かなる

加賀屋なる正月飾り残る宿

弾初の琴の調べを聞く湯宿

海荒れて寒風荒ぶ渚かな

冬波になぎさドライブ中止さる

音もなくしんしんと降る古都の雪

レトロなる街に静かに雪の降る

寄鍋の老舗の今も主計町

路地端に雪に埋もれし寒椿

雪積もる園に真っ赤な傘の人

雪吊の兼六園へ雪の日に

雪乗せし琴柱灯籠見て飽きず

雪溶かし辰巳用水滾々と

薄氷の霞ケ池を埋め尽くし

薄氷に内橋亭も閉ざされて

降る雪や昭和も遠くなりにけり

雪晴れて鏡のやうな浅野川

初旅の金沢駅の鼓門

春めける彩り並ぶロビーかな

雪被る弁慶富樫義経も

雪しまく安宅関は海までも

2018年1月7日

 

 私の住む徳島県では穏やかな天候に恵まれて新年が明けました。ベートーヴェンの「第九」がアジアで初めて徳島県で演奏されて今年はちょうど100年目に当たります。

 

 今年2月12日にはそれを記念してベートーヴェン「第九」演奏会が徳島市で行われることになっています。これには私が台湾でお会いした婦人合唱団の皆様が参加されるとのことでどんな演奏会になるのか今から楽しみです。

 

 1918年6月、当時の徳島県板野郡板東町(現在の徳島県鳴門市大麻町板東)の板東俘虜収容所にいたドイツ人俘虜たちが、地元の人々との交流の中で感謝の思いを込めベートーヴェン「第九」を演奏したことが「第九」のアジア初演と言われています。

 

 徳島県では全国初となる二度の国民文化祭の開催を通して徳島県をベートーヴェン「第九」の聖地として「第九」の魅力を発信し続けてきました。今年は特に「第九」アジア初演100年目の記念すべき演奏会であり、準備にもことのほか熱がこもっているようです。

 

 我が家では昨年10月に8人目の孫が誕生し、今年は3人の息子、3人の嫁、8人の孫が勢ぞろいして一家16人の大家族で年末年始を過ごしました。

 

 嬉しいことに全員健康そのもの。8人の孫たちは兄弟姉妹のように毎日元気一杯に遊びまわっていました。息子たち、嫁たちも仲が良く一家和楽を絵にかいたような正月を過ごさせていただきました。

 

 この正月にこんな句ができました。

 

初夢の途切れ途切れでありにけり

初夢のハッピーエンドまで行かず

初夢や富士鷹茄子のちらりとも

ゼロ歳の赤子が主役初詣

十六人家族総出の初詣

揃ひたる孫八人にお年玉

年酒とて大吟醸の飲み比べ

お雑煮の餅は一つで結構と

正月の餅を詰まらせ逝く人も

正月を無事に過ごせし嬉しさよ

子ら去にて元の二人の薺粥