オピニオン

2011年12月15日

 高校のクラス会で奈良を訪問してきました。西は岡山、愛媛、徳島、兵庫、大阪から、東は茨城、東京、神奈川、滋賀から、集合場所の近鉄奈良駅に懐かしい顔が揃いました。


 近鉄奈良駅は興福寺や猿沢の池の近くにあり、奈良公園にも歩いていけます。東大寺や奈良国立博物館にも近く交通の便の良いところです。

 今回の旅行を企画してくださった兵庫の二人は事前に訪問して集合場所をはじめ、宿泊するホテル、食事をする場所、観光コースなどを入念に検討してくれていました。

 そのお陰で1泊2日の短い旅行でしたが、実りの多いものになりました。東大寺資料館や奈良国立博物館では奈良時代の貴重な文物に触れることができました。

 若草山や、春日山原生林にも足を運び、奈良時代の人々が眺めていた風景がそのままの形で残されていることに感動しました。私にとって特に印象に残ったのは、興福寺創建1300年を記念して生まれ変わった興福寺国宝館で国宝・阿修羅立像を間近で拝見できたことです。

 写真では何度か見たことはありましたが、実物を見るのは初めてでした。清楚な少女のような表情のこの阿修羅像は間違いなく天平彫刻の代表作の一つでしょう。

 細く長い6本の腕を空間に差し伸べて立つこの阿修羅像はバランスのとれたみずみずしい美しさにあふれていました。

 そして眉間を少し寄せて祈る真摯な表情には宗教的な心の深さまで感じ取ることができました。国宝ならではの味わいを感じるひとときでもありました。

 奈良に来たのは小学校や中学校の修学旅行以来という人もいましたが、本当に思い出に残るクラス会になりました。来年は関東で開催することを約束して解散しました。お互いに健康に気をつけて、また元気に集いたいものです。

2011年11月8日

 心配していましたギリシャの国家破綻が回避される模様です。瀬戸際の信任投票を乗り切った首相が挙党一致態勢を目指して最大野党の党首と会談。両者は与野党大連立による新政権樹立で合意したのです。


 新政権はユーロ圏諸国の新たなギリシャ支援策を受け入れる手続きに優先的に取り組むことから、世界経済の混乱を招いた突然の国民投票提案をきっかけにした政治的混乱はひとまず区切りがついたといえるでしょう。

 与野党協議では新政権の誕生とともに首相が退任し、新政権も来年2月をめどに総辞職して総選挙を実施することを決めたとも伝えられています。

 これからもギリシャから目が離せない状態は続くことでしょうが、ギリシャの破綻をきっかけにしたユーロの暴落や世界恐慌の懸念が払拭されたことは嬉しい限りです。

 ギリシャの危機が回避されたと安心した途端、今度はイタリアの国債価格が急落しました。首相に対する辞任要求の高まりなどイタリアの政局混乱を嫌気したためのようです。

 イタリア国債の利回りは上昇し、持続不可能とされる水準に近づいています。ユーロ圏の債務と金融の危機は一段と緊迫の度を増しているのです。

 イタリアの国債発行残高はギリシャの6倍といわれており、イタリアの国債が破綻すればその及ぼす影響はギリシャどころではありません。

 ユーロ圏では早速、財務相会議を開催して「イタリア問題」を協議する予定のようです。市場の警戒感を緩和できる有効な手が打てるよう期待しています。

 ギリシアといいイタリアといい西洋文明の発祥の地であり、どこよりも豊かな繁栄を築いてきた国が国家が破綻するかもしれないという最大の危機に直面しているのです。

 日本も対岸の火事ではありません。国債発行残高を対GDP比でみると、ギリシャ140%、イタリア130%に対して日本は200%とギリシャ、イタリアをはるかに超えているのです。

 日本は幸いにして国民が1200兆円という膨大な個人金融資産を持っており、国内で国債が消化されているために利回りも最低水準を維持できているのです。

 しかしすでに国債発行残高は1000兆円を超えました。間違いなく危険水域に入っています。国家が破綻しないことを日本も真剣に考えなければならない時が来ているのです。

2011年11月4日

 ギリシャが揺れています。ユーロ圏に残るかどうか。その是非を問う国民投票を実施するのかしないのか。国民投票を提案した首相が先に辞任すべきだとの動きも急速に加速しているようです。


 ギリシャがユーロ圏に入ったのは11年前のことです。背伸びして入った分だけ国民の不満は大きく、ギリシャ政府は内政上難しい舵を取り続けなければなりませんでした。

 今回はさらに厳しい緊縮財政をEUの支援と引き換えに受け入れることを国民に理解してもらわなくてはなりません。したがってユーロ圏にとどまるのであれば緊縮財政を受け入れる覚悟を国民投票で示してもらいたいとの意図が首相にはあったのでしょう。

 それにしてもあまりにも突然な国民投票の提案でした。身内の閣僚からも「ユーロの一員であることは投票で問うことではい」と国民投票に怒りの声が上がっています。

  国民の8割がユーロ圏にとどまるべきだと思っているとの調査もあります。今更ユーロ圏から出て行こうと思っている人は少なく「我々がユーロから出るよりも、首相が権力の座から降りるほうがいい」とまで言う人がいるようです。

 ギリシャへの支援策をまとめたEU各国の首脳にしても、各国が国内世論をなだめ銀行に頭を下げて作った支援策を、当事者であるギリシャの政治的な混乱のためにひっくり返されたのでは怒り心頭に達することでしょう。

 私はギリシャには2度、訪問したことがあります。ギリシャはヨーロッパ文明の故郷であり、アクロポリスを始め今もいたるところで当時の栄華の跡をたどることができます。

 エーゲ海の島々を巡るエーゲ海クルーズも素晴らしいものでした。オーシャンブルーの海と白い灯台。白い家々が並ぶ島の細い路地を驢馬に乗って駆け上がった遠い日の思い出を今も忘れることができません。

 ギリシャの政治的混乱が一日も早く収束し、ギリシャがユーロ圏から脱出することなくEUの支援策を受け入れ、財政再生の大きな一歩を踏み出されることを私は祈らずにはおられません。

2011年10月4日

 野田内閣が発足して1ヶ月がたちました。私が心配していたように党内の融和に力点を置いた内閣の顔ぶれはいわば派閥均衡内閣といってもよく野田総理自身が言う適材適所には程遠いものとなってしまいました。


 原発事故の被災者の心を踏みにじるような発言をして就任後わずか数日で辞任した原発担当の経済産業大臣もありました。

 「安全保障に関しては素人だから、これが本当のシビリアンコントロールだ」と言って就任した防衛大臣もありました。

 マルチ商法業者との癒着が指摘されながら、消費者問題を担当する大臣に就任した人もいました。これが本当に適材適所の顔ぶれといえるのでしょうか。

 日本の政治家の質が劣化し、政治が空洞化していると言われますが、この内閣の顔ぶれを見ると確かにそう思わざるを得ません。

 野田首相自身の国会への対処にしても誠にお粗末でした。わずか4日間の会期で新首相就任の所信表明を行う臨時国会を召集したのは国会での論戦を避け、ぼろを出さないで国会を乗り切ろうとする因循姑息な手法でした。

 流石にこの会期は野党の総反撃にあって延長せざるを得ませんでした。そうなることは自明のことでしたから、最初から堂々と論戦のできるような国会の会期を提案すべきでした。

 

  国会での野田総理の発言を聞いていても、失言を避けるためか言葉ばかり丁寧で内容が乏しくひたすら弁解するばかりでした。国民の心には何一つ届きませんでした。

  最初は期待していた国民も中身のなさに失望したのでしょうか。内閣支持率も軒並みに低下しています。

  臨時国会が終わり、野田内閣はこれから第3次補正予算の策定をするのですが、本来なら来年度の本予算を策定するこの時期に今年度の補正予算を策定しなければならない。この情けない民主党政権の実態を痛切に反省したうえで作業に取り掛かってほしいものです。

2011年8月31日

 民主党の新代表に野田佳彦さんが選出されました。その新代表が手がけた党執行部人事は代表選挙で対決した人たちへの配慮が目立つ布陣となりました。


 党内バランスを取ることを最優先せざるを得ないほど危機的な現在の民主党の党内事情は私にもわかりますが、このことによって政策・政権運営ともに不透明感が増してきたのも事実です。

 野田佳彦代表は30日、国会で第95代首相に選出されました。まもなく新内閣が発足することになりますが、この内閣が真っ先に直面する政策課題は今年度の第3次補正予算の編成でしょう。

 東日本大震災の被災者のくらしと企業再生を支援するのに必要な事業をどう積み上げるかその展望を具体的に示すとともに、財源についての徹底した議論も必要です。

 そのためには早急に臨時国会を召集すべきです。その国会で新首相が所信表明を行い、国民に直接、具体的な施政方針を伝えるとともに新内閣の閣僚全員が出席する予算委員会も開催すべきです。

 これまでの2年間の民主党政権に国民は失望しています。口先ばかりで、何一つ実行されないこの国の2年間にわたる政治空白はまことに異常です。民主党政権による国政の停滞に国民はうんざりしています。

 野田首相は民主党に対する国民の支持が損なわれていることをまず自覚しなければなりません。党内融和を優先するあまり、政策や政権運営が不透明になり、国政が停滞するようでは本末転倒であり、国民は二度と民主党を支持しないでしょう。

 国政は民主党のためにあるのではありません。国民のためにあるのです。新首相はその国政の総責任者なのです。時には民主党内の反対を押し切ってでも国民のために果断に実行する強い意志が必要なのです。

 野田首相がどのように国政を動かしていくか、国民の一人としてしばらく静観したいと思います。

2011年8月25日

 菅首相がようやく辞任することを明言し、所属国会議員による民主党代表選挙が8月29日に行われることになったようです。


 東日本大震災の被災地からは、菅首相の存在そのものが政治空白の原因だっただけに、代表選挙を歓迎する声が大きいのかと思いましたが、今のところそんな雰囲気はまったく感じられません。

 代表選挙が被災者をそっちのけにした民主党内の相も変らぬ国民不在の権力争いと被災者の皆さんに受け止められているからです。

 代表選挙の説明会に9人の陣営から代理人が出席したと報道されていましたが、与党の代表選挙がこんな状況でいいのでしょうか。これでは権力争いそのもので、代表選挙後の挙党一致など夢物語である。被災者の目にはそう映ったに違いありません。

 今から代表選挙後の心配をしても始まらないのですが、どの候補者も現在の民主党には国民の支持が集まっていないことを自覚して、一からやり直す気持ちで真面目に政治に向き合ってほしいものです。

 それにしても菅首相の在任中の政治空白を埋めることは至難のことです。新しい代表が新しい首相になるのでしょうが、よほどの覚悟でやらなければ被災者をはじめとした国民の皆さんの信頼は回復できないのではないでしょうか。

 政治空白の影響は東日本大震災に対するあまりにも遅い対応に限らず、日本を取り巻く経済や外交をはじめ安全保障の面でも対応が遅れに遅れています。

 このままでは日本は世界中の国から忘れ去られてしまいかねません。過去には東洋に日本というすばらしい国があったと語られるだけの国になってしまうのではないでしょうか。

 政治の責任はまことに重要です。政権の責任はさらに重要です。その責任の重みを真正面から受け止める民主党代表であり、日本国総理であってほしいと私は心から思います。

2011年7月26日

 毎日新聞客員編集委員の岩見隆夫さんが月刊誌「潮」8月号に「戦後最悪の首相を抱え込んだこの国の不幸。首相自身が言葉の値打ちを軽くしているのだから、国の将来も危ぶまれる」との一文を寄稿されています。

 少し引用させていただきますと、岩見さんは「漂流ではない。漂流でも流れていれば多少の救いがあるが、今の日本の政治は完全な渋滞である」と、かつてない異常な政治渋滞を先ず指摘しています。

 その上で「政治渋滞の元凶は菅直人首相だ、とだれもが怒り、いまや、『菅の顔は見たくない』という声が日本列島に広がっている。私もまったく同感で、異常性格の首相を抱え込んでしまったこの国の不幸を思わないわけにはいかない」と述べています。

 さらに「菅は平然とウソをつき、一度言ったことを平気で忘れる。政治家には虚言癖は少なくないが、これほどひどいのは戦後32人の首相の中でも菅だけだ」と、菅首相の異常性格を指摘しています。

 菅首相のウソを「大衆迎合主義とそれを支えとした自己保身に発している。もはや救いがない。退陣表明も結局、<フリ>をしただけだった。次々と場当たり的な発言を繰り返し、世間の反応を見る。反応が悪ければさっさと切り捨てる、というやり方の連続だ」とも糾弾しています。

 また「菅を古くから知る人は、一度つかんだものは離さない、というのが、野心家の菅の処世術だという。一般的には悪い性格とは思えないが、つかんだものが<首相ポスト>となった場合、異常な執着心は国にとっても国民にとっても極めて有害だ」とまで述べています。

 政府は、ワールドカップの女子サッカーで世界一に輝いた「なでしこジャパン」に国民栄誉賞を授与することを検討しているようです。「なでしこジャパン」が幾多の逆境をも跳ね返し、最後の最後まで勝利を信じて戦い、優勝を勝ち取ったことを国民はよく知っています。従って彼女たちへの国民栄誉賞の授与には何の違和感もありません。

 しかしながら、パフォーマンスしか考えない菅首相のことですから、またまた出しゃばり出て国民栄誉賞を彼女たちに授与するでしょう。そんな光景を想像すると大いに違和感を感じます。

 なぜなら彼女たちのあまりにも純粋な姿と、菅首相の自分勝手な野心家としての生き様には救いようのないほどの人間としての品格の落差を感じるからです。

 

 世界中に品格のなさで恥を撒き散らす首相が、世界中の人々に感動を与えた彼女たちを祝福する資格があるのでしょうか。私はそんなことをつい考えてしまうのです。

2011年6月27日

 平泉と小笠原諸島がユネスコの世界遺産に登録されることが決まりました。梅雨の晴れ間に明るい太陽の光が差し込んできたかのようなうれしい気持ちになります。


 中尊寺金色堂などで知られる平泉は、仏教の浄土思想を現世の空間に表現したとして、文化遺産に登録されます。

 「東洋のガラパゴス」とも呼ばれる小笠原諸島は、大陸と一度も陸続きになったことがないことから、ここにしかいない固有の動植物が多いことが評価され、自然遺産に登録されます。

 この二つを加えると、日本の文化遺産は12件、自然遺産は4件となります。3月11日の東日本大震災以来、暗いニュースの多かった日本にとっては久しぶりに聞く明るいニュースであることは間違いありません。

 登録をきっかけにして観光客を集め、地域の活性化を図りたいとそれぞれの地元は、盛り上がっています。それは当然のこととして全人類の遺産として後世に残すことにも心を注いでいただきたいと思います。

 私は小笠原諸島には行ったことがありませんが、平泉へは今も盛岡に住む友人に案内していただいたことがあります。それだけに一層身近に感じました。

 「夏草や兵どもが夢の跡」平泉を訪ねた芭蕉は夏草の生い茂る高台に立ち、この地で非業の死を遂げた500年も前の源義経らの武人に涙したのです。

 そして「五月雨の降り残してや光堂」の句も残しています。芭蕉の「おくのほそ道」の時代さながらに、私が訪問したときも金色堂は雨を寄せ付けぬほどに光り輝いていました。

 平泉をこの芭蕉に時代のままに残すことは、大変に難しいことかもしれませんが、せめて芭蕉の世界や「おくのほそ道」の世界が追体験できるように保全していただきたいと思います。関係者の尽力に期待しています。

2011年6月3日

 それにしても何たる執念深さでしょうか。首相の座にここまで固執する権力至上主義者を私は寡聞にして知りません。

 菅首相は内閣不信任案の採決の直前に開かれた昨2日の民主党の代議士会で「東日本大震災への取り組みに一定の目処がついた段階で、若い世代に責任を引き継いでいただきたいと考えている」と退陣する意向を示唆することによって、民主党内の理解を求め、自らの延命を図ったのです。

 退陣する意向は示唆したものの、時期を明示しないのはいかにもこの首相らしい手法です。退陣の時期をめぐって早くも民主党内はもめにもめています。

 菅首相に退陣の意向を決意させたとされる鳩山前首相は、内閣不信任案採決直前の代議士会で「復興基本法案を与野党で協力し、速やかに成立させる。さらには2011年度第2次補正予算案は、成立というより早期編成の目処をつけていただきたい。その際に、恐縮ながら身をお捨て願いたい。と申し上げ、菅首相と鳩山との間で合意した」と発言しています。

 ところがこれをめぐって「鳩山さんは決めていないことまで言った。既成事実になってしまう。汚いやり方だ」と、首相の側近は鳩山さんへの不信と怒りをあらわにしているのです。

 首相周辺には「東日本大震災の復興に目処をつけるには1、2年かかる。少なくとも来年9月の党代表の任期満了までは辞める必要はない」との声さえあります。

 「東京電力福島第一原子力発電所事故が沈静化するには、少なくとも年内一杯はかかる。それまでは辞める必要はない」と菅首相自身、思っているかも知れません。

 「ポスト菅」をめぐって情勢は混沌としており、後継者が決まらないことを理由に、居座り続けるという、この人らしいしたたかさも透けて見えます。

 統治能力のない指導者が最高権力のポストにしがみつき、非常時にこの国の舵取りを危うくさせている。この異常な状態は一日も早く解消すべきです。

 震災対策に必要なのは何よりもスピードです。強い政治のリーダーシップです。一向にはかどらない被災地の復興の現状を考えると、退陣を示唆した首相は居座り続けるべきではありません。

 本格的な日本の復興のためにも、菅首相は一日も早く退陣すべきです。ずるずると保身のための政権が続くことほど、この国にとって不幸なことはないからです。

2011年5月26日

 新緑の美しい和歌山県田辺市本宮町渡瀬の「わたらせ温泉」に19日、20日と1泊2日で行ってきました。徳島港から和歌山港までは南海フェリー、和歌山から南紀田辺までは高速道路、南紀田辺から「わたらせ温泉」までは山の中を走る国道です。


 カーナビというのは便利なものです。自家用車で行くので少し心配していたのですが、午前7時に徳島県藍住町の自宅を出て途中で昼ご飯を食べて、午後1時30分には予定通り「わたらせ温泉」に着きました。

 昭和58年12月に衆議院議員選挙に初当選した神崎武法さん、森本晃司さん、日笠勝之さんと私の4人は今は全員が政界を引退しているのですが、毎年一回、夫婦そろって旅行することにしています。

 今までに明日香路と法隆寺、大塚国際美術館と鳴門海峡、湯布院と阿蘇、倉敷の美観地区と国分寺、徳島の阿波踊り等を楽しんできましたが、今年は熊野古道を巡る旅になりました。

 神崎さんご夫妻は東京から白浜空港まで飛行機で来、日笠さんご夫妻は岡山から新幹線とJRで来て白浜温泉に前泊し、ともに時間を合わせてJR白浜駅から「わたらせ温泉」の送迎バスに乗って来ました。

 奈良の森本さんご夫妻は、車で3時間ほどかかって来たそうです。十津川村を通ってきたのですが、渓谷がとても美しかったと言っていました。

 「わたらせ温泉」は西日本最大の露天風呂がある温泉です。温泉での治療を目的に作られた温泉であるとも言われています。

 付近には熊野古道の中辺路が通り、熊野信仰の中心となった熊野三山の一つである熊野本宮大社があります。

 私たち8人はお互いに健康で今年も再会できたことを祝福し、温泉を楽しみ、食事を楽しみました。お互いの近況も心行くまで語り合いました。

 熊野古道は世界遺産に登録された関係もあり、観光客も多く、いろいろな施設が整備されていました。どこへいっても快適で、清々しい思いがしました。

 徳島からはるばると遠い紀伊の奥への旅でしたが、まばゆいばかりの万緑の中で旧交を温めることができました。熊野古道では歴史をしのぶこともできました。心をリフレッシュさせる旅ともなりました。今回の旅を企画してくださった奈良の森本さんご夫妻に心から感謝いたします。

・はるばると来て紀の奥の万緑に
・万緑の熊野古道に集ひ来て
・渡り来る風やはらかき青楓
・中辺路のとがの木茶屋の青葉風
・道の辺の篠の子採りて家苞に(和良)

2011年5月12日

 中国の温家宝首相が21日から22日に開かれる日中韓首脳会談に出席するために来日する際、東日本大震災で被災した宮城県女川町を訪問する意向を日本政府に伝えてきた模様です。


 女川町では震災発生当時水産会社役員の佐藤充さん(55)が中国人研修生をまず避難させた後、行方不明になっています。

 佐藤さんは震災当日まず研修生20人を高台に避難させた後、家族を探しに自宅に戻り研修生の目の前で津波にさらわれました。

 佐藤さんの献身的な行動が報道されると、中国の国民の間に感動が広がり、研修生の派遣元の会社がある遼寧省の大連では、佐藤さんをたたえ家族と会社を支援する基金まで設立されたそうです。

 日中韓首脳会談は東京で開催の予定ですが、温首相は佐藤さんへの感謝の意を示すためにも女川町を訪問して佐藤さんの家族と面会したいと強く女川町訪問を希望しているようです。

 また、韓国の李明博大統領も、同国の救助隊が活動した仙台市等の訪問を検討していることが報道されています。

 東日本大震災から2カ月が経ちました。被災者のための仮設住宅の建設は進まず、今も避難所生活をされている被災者も多くいます。

 自宅も会社も漁船も魚市場も津波にさらわれてしまった人たちにとって、生活再建への道は今も見えてきません。

 政府はようやく第一次の補正予算を成立させましたが、国民の信と国会の信を失った菅政権には第二次の本格的な補正予算を成立させる体力は残っていないように見えます。

 今回の大震災では世界中の国から日本に支援の手が差し伸べられました。その世界の人々に日本は復興への道を力強く歩むことで答えていかなくてはなりません。

 そのためにも国民と国会が心から信頼する政権を作らなければなりません。どうすればできるのか。政治家は今こそ真剣に考えてほしいものです。

2011年4月2日

 「大失態の危機管理!菅政権の罪、万死に値す」と小泉純一郎元総理大臣首席秘書官の飯島勲氏が雑誌「プレジデント」の最新号で述べています。

 飯島氏は1000年に一度といわれる自然災害が史上まれに見る無能な政府が引き起こす二次災害によって、さらに被害が拡大していると警告を鳴らしています。

 最悪の事態が最低の政権で起きてしまったと語る飯島氏は「政治休戦」もあって、無意味なパフォーマンスに走る総理大臣を止める人もいない現状を嘆いています。

 この非常事態にあって総理を交代させる時間の余裕はありません。それは自明のことです。それだからこそ、菅総理にはリーダーシップを発揮してもらいたいと私も期待したのですがそれは見事に外れてしまいました。

 飯島さんも菅総理のやっていることは野党時代に培ったいつも通りの思いつきだけだったとこき下ろしています。

 徒歩で30秒しかかからない公邸に帰っていないことをことあるごとにPRし、緊急時に指揮する人を増やし、現場を無視して突然に緊急視察する。これが菅総理が行った初動の危機管理でした。

 挙句の果ては、早朝突然に東京電力本店に押しかけて怒鳴り散らしたばかりか、3時間も本店に居座った。これらはすべてマスコミと国民にアピールし、東京電力の責任を追及するパフォーマンスでしかないと飯島さんは糾弾しているのです。

 菅総理は官邸に出入りする人間すべてに防災服を着用させていましたが、この防災服は飯島さんがデザインしたものであり、靴は造船所や鉄工所で使う安全靴で、足の上に鉄の塊が落ちてきても指がつぶれないほどの強度があるとのことです。

 防災服は現場に出入りする人間が着用するものであり、官邸の番である官房長官が着る必要などなく、まして官邸を守る衛視まで着ている必要ない。せっかくの工夫も、こんなパフォーマンスに使われたのでは情けなくなるとまで飯島さんは述べています。

 結果責任をすべて引き受け、批判覚悟で危機管理に徹するのが最高責任者の取るべき行動です。菅総理にはスタンドプレーをやめ、勇気を持って真正面からこの国の国難に立ち向かって欲しい。この期に及んでまで言い訳に徹する総理の姿を見るのは日本国民の一人として恥ずかしい限りなのです。

2011年3月15日

 3月11日に起きた東日本大震災から今日で4日目となりました。死者・行方不明者の数は途方もなく増え続けています。大津波は家も工場も役場まで薙ぎ倒しました。壊滅状態の町にはどこまでも残骸が続いています。


 死者は3000人を超え、行方不明者は2万人を超えました。避難している人は54万人にも達しています。水や食料の不足も深刻化しています。15日以降の被災地は真冬並みの寒さとなる見通しで、支援の強化が急がれます。

 そんな中で14日、福島第1原発2号機で原子炉の水位が低下し、燃料棒が水面から完全に露出する「空だき状態」になる事故が2度も起きました。最悪の場合は米スリーマイル島原発事故のような非常事態にもつながりかねません。

  同日午前には3号機の原子炉建屋で水素爆発が発生。日本の原発の安全神話は大きく揺らぎ、前代未聞の制御不能状態に陥っています。

 さらに原発の事故で電力の需要に供給が追い付かなくなった電力会社は計画停電の緊急措置を取ったのですが、これが二転三転し首都圏の交通や通信は大混乱してしまいました。

 もはや原発や電力供給をめぐる情報の収集と提供を一企業に任せておける状態ではありません。問題は政府そのものの危機管理能力なのです。これだけの国難でありながら菅首相の顔が全く見えないのは何故なのでしょうか。

 口先だけで陣頭指揮を執るなどと軽々しく言ってもらいたくありません。情報の提供を原発や東京電力の技術者や官房長官に任せるのではなく、菅首相自らの口で国民に語るべきです。

 パフォーマンスはもう結構です。本当にこの国の国民の命と財産を守りぬく覚悟があなたにあるのかないのか国民はそれを見ているのです。

 繰り返しますが、危機管理の能力があなたにあるのかないのか私にはわかりませんが、あなたがこの国の現時点での最高責任者であることは認めます。ですから最高責任者らしく堂々と振舞ってほしいのです。今のままではみっともなくて情けない限りです。

2011年2月9日

 菅直人首相率いる民主党政権の体たらくは呆れるばかりです。とうとう民主党生みの親の一人である稲盛和夫さんまで、日本記者クラブで講演し「現在の民主党の体たらくには落胆している。こんなつもりで支援したわけではなかった」と述べています。


 稲盛和夫さんは、自民党一党支配を崩す2大政党制が必要との持論から私費で意見広告を出すなど民主党の支援者として知られてきました。

 日本記者クラブでの会見では、「真の民主主義の確立のために支援してきましたが、こんな結果になってしまった。今後はまた新しい政治体制ができるのでしょうが、静観します」と民主党を突き放してしまいました。

 稲盛さんならずとも、多くの国民が民主党政権の誕生に新しい政治を期待したことは事実でしょう。しかしその期待はものの見事に外れてしまいました。

 期待するものが大きければ大きいほど落胆も大きいものです。民主党が選挙の際に国民に誓約したマニフェストはそのことごとくが実行不能であることが判明し、今や野ざらしにされています。

 政治主導といいながら、役人の作った原稿をそのまま読み上げる菅首相の姿をテレビで拝見するたびに本当に情けなくなってしまいます。

  4月には統一地方選挙があります。住民に一番身近な選挙です。候補者本人が見える選挙です。ブームや風に迷わされるのではなく確かな目で政党を選び候補者を選んで投票したいものです。

 選んだ政治家に裏切られるのは嫌です。後悔しても文字どおり後の祭りです。後悔しないためにも慎重に政治家を選びましょう。選挙する人の鑑識眼が問われているのです。

 甘い話には気をつけましょう。民主党の選挙目当てのマニフェストがそうでした。厳しい時代です。厳しい現実にどこまで真剣に取り組んでいるかどうかそんな視点を大切にしたいものです。

2011年1月20日

 今日は「大寒」でした。今年の冬は例年に比べて寒い日が多く、日本海側の地方では毎日、雪が降り続けています。雪の量も例年の2倍と報道されています。

 「大寒」の意味は「冷ゆることの至りて甚だしき時なればなり」ということのようです。東京では少し寒さが和らいだ感じがしましたが、全国的には氷点下のところが多かったようです。

 私が「大寒」の日で思い出すのは2004年1月の「大寒」の日です。この日、私は沖縄の読谷村の残波岬に立ち、荒れ狂う沖縄の海を見ました。

 普段見る沖縄の海は平らかで美しいスカイブルーの海ですが、この日の海はこれがあの沖縄の海かと思うほど厳しい表情でした。

 残波岬を見た後、私は八重岳に登りました。麓の方では緋寒桜が咲き始めていました。案内してくださった沖縄の友人は「頂上まで登れば満開になっていますよ」と言いました。

 登ってみると、本当に満開でした。「どうしてですか」と私が聞くと「沖縄の桜は寒いところから咲くのです。山の天辺は寒いでしょう。だから頂上から順に咲くのです」とのことでした。

 「何故、寒いところから咲くのですか」と重ねて質問すると「沖縄は一年中暖かいところですから、寒さを知ったところから春が来たことが分かるのです。人間も同じ。寒さを知った人であればあるほど春のありがたさが分かるでしょう」との返事が返ってきました。

 後日、知ったことですが沖縄では桜前線は北上しないで南下するようです。北の寒い地方から咲き始めるのです。面白いと思いました。

 年も沖縄では桜が咲き始めているようです。徳島でも各地から梅の便りが聞かれます。
立春は2月4日。春はそこまで来ています。

・縁側の日溜りにゐて春を待つ(和良)